ブルガリアのソフィアを出発したのは夜10時。
私たちはイスタンブールへ向かう夜行バスに乗っていた。
パスポートを預けると、勝手に出入国審査を抜けていて、目を覚ますと外は薄暗い街の景色になっていた。
街はソフィアで見たようなこじんまりとしたものでは無く、大きく雑踏が聞こえてくるようだった。
H「私たちはイスタンブールに行きたいんだけど、どこで降りればいいの?」
運「どこに行きたいんだ?ヨーロッパ側か?アジア側か?」
H「えっと・・・この後カッパドキアに行きたい。」
運「それなら終点まで行くんだな。」
H「ありがとう」
C「ヨーロッパ側?アジア側?って?」
H「トルコはヨーロッパとアジアの間にあって、ヨーロッパ側とアジア側の二つの場所にバス停があるみたいだね。カッコイイ な〜。「ヨーロッパ側?アジア側?」言ってみたい。」
C「島だからね、どこまで行っても日本は日本だもんね。」
しばらくすると「Istanbul! Last stop!」というアナウンスが聞こえてきた。
もちろんトルコ語。
ついに、着いた。ヨーロッパと中東(アジア)を繋ぐ貿易の国だ。
トルコのイスタンブールに到着すると、荷物をおろし、運転手に教えられた方向へ向かって突き進む。
そこで新たなカッパドキア行きの切符が買えるハズだから。
その切符を早めに変えば休憩時間が伸びるだろう・・・と決め込んでいた。
遠回りをしながらやっと切符売り場を見つけた。
販売員「どちらまで?」
C「カッパドキアへ2人!」
販「カッパドキア・・・?」
C「2人ね。」
販「ok,それなら後15分で出るから!パスポートを出して!すぐ準備するから僕がチケットを出したらすぐにそこの男に付いていくんだよ!」
C「え・・・?15分・・?トイレも行ってないし、朝ごはんも買えてないし、昼ごはん用の軽食も買ってないんだけど。。」
H「次は何時?」
販「15時。でもこれ乗らないと君たち今日中につかないよ?」
H「15分後ので何時着?」
販「だいたい・・・10時ごろかな。」
C「乗るしかないね。」
H「じゃあそれで!」
全員がスピード勝負の戦いに備えて、気持ちが整った。
販売員がチケットを取る間に私たちは水だけ購入。
取れた瞬間にチケットを預かり、今度は別の案内人がバスまで私たちを連れていく。
私たちの後ろ姿に声が掛かる。
「Have a nice trip!」
C「Thank you!」
親指を立てておいた。
バスまで荷物を抱えて、小走りに行く。
道の脇にはパン屋、コーヒー屋、お茶屋、お菓子屋、揚げ物屋が小さな店を構えていた。
あれもこれも気になる〜!でもそんなの買ってる暇もなく、とにかく案内の人の後ろを追いかける。
スーツ姿のその人も、こちらを振り返りながら前へまへ。
バスに到着すると、荷物をほとんど自動で積み込んでもらい、乗り込んだ。
バスの中には現地人とみられる人が10数人程度。
外国人らしき人間はいなかった。
これはどうやらローカルバスに打ち込まれたらしい。
C「乗れたね!よかった!」
H「乗れるでしょう、チケット売って案内まで付いてて、乗れないなんておかしいよ。」
C「そう?外国だから行っちゃった!なんてこともあるのかと思った。」
H「それはさすがにひどいでしょう?」
C「そっか。で、何時に着くんだっけ?」
H「夜の10時って言ってたかな。」
C「・・・てことは。昨日の夜から24時間バス旅ってことだね。」
H「長いな〜ランチ休憩はあるって言ってたと思うけど、それにしても長いな。」
C「これだけ席に余裕があれば、物を盗まれたりしないでしょう。ipadでなんか読むよ。私は。」
長いながいバス旅が始まった。
後にも先にも24時間ぶっ通しのバス旅は今回だけだ。
エコノミー症候群にならないかが心配だったけれど、とにかく、乗るしかないのだから、仕方ない。
バスの中では軽食が配られたり、飲み物が配られたりして、なんだか思っていた以上の配慮がなされていた。
枕や薄い毛布ももちろん配られた。
国によってこれが結構差があるので、トルコはどうやらホスピタリティ高め!であることがわかった。
いつもなら、ホテルを確保していた。
けれど、今回はどの地点で宿泊になるのか見えてなかったし、wifiもバスの中にはなかったので、今回はカッパドキアに到着してから足で探すことになった。
到着した時刻22時。
大きなスーツケース1個、それぞれが背負っているリュック、PCが入っているリュック、全部で4つを2人でなんとか運ぶ。
Maps.meでなんとなく目星をつけていた安宿へと突撃する。
C「こんばんは。コレから、一泊したいんだけどベッド二つか、一部屋の空きありますか?」
従「今日はいっぱいだよ。」
C「そっか、ありがとう。」
何軒かこのやりとりを繰り返した。
H「全然ないじゃん・・・なんだこれ・・・?」
C「きっと見つかるから!もう少しがんばろう!」
何軒か回って、ちょっと高めのホテルに突撃する。
もう!しょうがない。
C「今日、これからふたり、一番安い部屋は空いてる?」
従「空いてないよ。」
C「そっか、、、今空いてるお部屋の一番安い値段は・・・?」
従「 20000円」
C「おおおおおーそれは無い!笑」
従「だって今は一番いい部屋しか空いてないんだよ。」
C「無理無理、払えないよ。ちょっと久!聞いてよ!1万以上の部屋しか空いてないって!」
H「それは無理だ・・・。」
従「じゃあ、君たちいくらなら払えるの?」
H「まあ、4000円だね。それが限界・・・。」
従「いいでしょう、もう夜も遅いし、それで泊まって行きなよ。」
C「本当!?いいの!?やったー!やっと見つかった涙」
こうして私たちのホテル探しは終わった。とにかく、ここまで来るのに2時間かかった。
恐ろしやカッパドキアのホテル。
それでもホテルの方の好意で3倍はする部屋に泊まれた。
部屋はこのホテルのスイートルーム。
部屋はだだっ広くていつものベッドよりも寝心地がよかった。
軋まないし、大きい!
それでも私たちに時間は無い。
急いでシャワーを浴びて、就寝。
3時間後。
私たちは、外を歩いた。
バッグの中にウェディングドレスを詰め込んで。
此処は世界でも結構有名な絶景スポット。
しかも、必ずしも見れるわけではない景色が。
丘を登ったがそこには渓谷の景色が連なっていた。
下の方にこれから飛び立つ予定の気球が見える。
いくつものカラフルな気球がたくさん見えるところから、ちょうどいい場所を見つけて陣取った。
ウエディングドレスに着替えた。
緊張していたし、早くその場を去りたかった。
何度かウェディングドレスは観光地で着ていたけど、それでも恥ずかしかった。
気球に火が入れられ、少しずつ風船部分が膨らんでいくつもの気球が次々と地面に浮いていく。
私たちは、ネットで見ていた景色が目の前で本物になっていく様を見つめた。
夫はそんな背景と一緒にウェディングドレス姿の私みカメラをむけてシャッターを切る。
久「お父さんとか家族にこの写真送ってあげなよ。」
私「そうだね!すごい、いい写真だね。」
夫は満足気だった。
いつもは半袖半ズボンの夫も、私がウェディングドレスを着て写真を撮るときは、長ズボンにシャツで、少ない持ち合わせの洋服の中でも、正装っぽいものを着てくれる。
ドレスに似合うものを。と。
白ぽい大地の色と淡い夜明けの朝焼けに浮かぶ気球がなんとも言えない景色だった。
ホテルに戻ると、朝食が用意されていた。
トルコで食べる初めての朝食。
ここの朝食はいつも私たちが食べる朝食よりも豪華だった。
ビュッフェ形式になっていて、私はいつもなかなか目にすることのない形のパンやいつもなかなか食べれないフルーツを中心に盛った。
一番いい部屋に朝食もついて、なんだか心が満たされた。
部屋に戻った私たちはその日空いている安宿を予約して移動した。
次のホテルに行くと、まだ時間が早くて部屋が掃除されていないから、君らが予約した部屋は空いてない。と説明された。
ホテルは4階建で一番上にテラスが設けてあった
案内してくれた男とはまた別の男が声をかけてくれた。
アジア人2人はどこに行っても目立つらしい。
どこから来たのか?とか何が見たいのか?とかそんなことを聞いてくれた。
私たちは彼に言われるまま、無料のお茶を飲みながら、彼の話を聞いた。
ゆったりとした時間が流れていた。
彼は歩くのが好きなら、この辺りをトレイルするといいと教えてくれた。
来て見て気づいたが、私たちはカッパドキアに気球以外のどんな魅力があるのか知らなかった。
準備をすると私たちは彼が教えてくれたポイントから荒野の中へと入っていった。
言われた通りの道を進んでいくと目印になる道が出てきた。
これだろうか?この道のことだろうか?と教えてもらった目印があまりにも目立たないものだったので、それが本当にこれなのか・・・?と思いながら、進んだ。
迷いながら進んでいくと石の壁に窓のようなものが見える。
細い道を進みながら、何もない誰もいないその道を進んでいくとさらに藪は深くなった。
所々に人が作ったと思われる彫刻だったり、家が見える。
夫「なんなんだ、ここは。」
私「すごいね、なんか。昔の人たちが作ったものなんでしょう?ここに住んでいたんだよね。」
不思議な場所・・・。」
高さでいうとだいたい2~3階建てのビル程度。そこに小さな四角い穴が空いていて、それが窓だということはわかった。
そして歩き続けると、家のようなものが。
数人の人が話していた。
私たち「セラーム!(こんにちは)」
彼らも普通に挨拶してくれた。
そして、ニコニコとして、果物を手渡してくれた。
なんだろう、とみるとクルミだった。
なんてフレンドリーな・・・。
ありがとうと伝えると私たちは前進した。
とにかくその土地は形が不思議で、どうしたらこういう形ができるのか?と考えてもそれはわからない。
自然が作ったものとは思えない、でもだからと言って人間が作り出したとは思えない。そんな景色だった。
トレイルの最後の方になると、なんだか工場みたいな場所に当たって、現地の人が力仕事をしていた。
カッパドキアの人々は自然の岩の中に家を作って生活していた。らしい。
今までそうだったのになぜか今はやめてしまったらしく、それは観光地になっていた。
なぜ住むのをやめたのだろう?きっとテレビのアンテナ、とか電気水道のライフラインが引けなかったとかそんな話なんだろうけど・・・それにしても良くもまあ、こんな石を美しく削り込んだもんだ。