海外移住・海外起業・飲食店経営【一年目の波乱 #2 精神ダメージ】

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こんにちは。Chikaです。

#1では主に次々と起きる物品の破損や故障とその対応について書きました。

とにかく日本で、0~1まで行くのにサクッと一歩で済むところが、海外では地団駄踏みながら、あーでもないこーでもない右往左往して、やっと小さな一歩。

というのが毎日です。(慣れるまで時間がかかりましたw)

今回#2では精神ダメージ・人間関係の構築部分について。

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夫婦それぞれの人間構築方法

人間関係の構築で夫と私はやり方や考え方がもともと違います。

夫Hisashiの人間関係構築

従業員は、雇ったその時からFamily。

心はオープンで信頼をしていると最初から開示する。

経営者っぽいですね。

私Chikaの人間関係構築

従業員になってから徐々にお互いを開示する。

時間を掛けて相手のことを知ろうとし、最初から信用しない。

相手の状況や考え方、対応によってやり方や言い方が変わる。

2人に共通していることと考え方の違い

2人に共通していること

誠実でいること。真面目に仕事に取り組む。

優しさと親切心を持って接する。諦めない。

そんなところでしょうか。

こういう違いがあったから、最初の頃は特に私は従業員との距離感が掴めなくて、苦労しました。

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従業員に嘘をつかれる

これは今となっては大したことでもないのですが、オープン当初は従業員との関係がよくなかったです。

移住者でスペイン語もわからない、その上ラーメンのレシピも前オーナーから教わっただけで、営業ノウハウも無い私たち。

おそらく従業員から見ても「なにこいつら?雇われてるけど、本当にボスっぽいことしないな。」みたいな雰囲気が店全体にありました。

だから、よく調理方法を変更されたりしてました。

それから、商品があったかくない、とか。

商品の見た目が悪い。とか。

商品に入れるべき調味料が抜けてるとか。

店の商品を黙って食べられる。とか。

店の商品を隠れて飲まれる。とかよくありました。

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「一皿一皿を丁寧に作ってください。」とお願いしても

「失敗したのはこの一皿だけだよ!」とか。

「これでも客は文句言わないから。」とか。

そういう言葉で返されて、本当に心から悔しい!お前に何がわかるんだ!ラーメン知らないだろ!食べたことないくせに!金取ってるんだから一つ一つが大事なんだよ!!馬鹿野郎!

客は文句なんか言わねーんだ!ただ離れて行くんだよ!ばっかやろう!このくそ!

と何度も思いました。

でも、私たちの立場もそれなりに弱かったし、相手のこと言えるほど私たちも上手く立ち回りできていなかった。

なので、毎度金曜日に行われるミーティングで話し続けました。

「あなたが20€、30€払ってレストランで友達と食事をするときのことを想像してほしい。

温かいものは温かく、冷たいものは冷たく、見た目が美味しそうに見える方が、嬉しくない?

また来ようと思わない?

それをあなたの手が作ってるんだから、やってほしい。

自分が客になったらどうしてほしいか考えながら、料理を作ったり、お客さんの対応をしてほしい。」

なかなか料理人でもない人たちにお願いしても、上手くは進みませんでした。

そもそもの関係性が出来上がっていなかった。

そして怒りでは全く相手の心は動かせない。

この点は、日本でやるのと同じかもしれないですね。

経営経験が10年以上の夫は人とのやりとりが長けていて、従業員それぞれのキャラクターに合わせて言い方を変えたりアプローチを変えることができるのですが、私にはそれが0でしたので、これはかなり苦戦してます。

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従業員とうまく行かずにカフェで泣きじゃくる(妻)

上記のような状態が最初の半年間は当たり前に続きました。

飲食店で何年か働いて調理師免許もとっていた私にとっては、このカオスな状況は本当に想像ができなかったし、もっとできるはずなのに・・・上手くいかない。

全然できない・・・。と悔しくて泣いていました。

今思うと、なんで泣いていたのかと思うくらい状況を理解できれば当たり前の関係性や出来事なのですが、何せ初めての海外生活、初めての経営者という経験、初めての店オープン立ち上げ、ということで何一つわからず、とにかく感情だけが爆発することが多かった。

夫「そんなに泣くことないよ。店はみんなで作らないといけないし、来たばっかりなんだから」

私「でも、できるはずなのに・・・・。」

お前だけの問題じゃないんだよ!

ここで悩んだり、落ち込む必要ってほとんど無くて、やりながら方法を考えたり、相手に伝わるように説明しお互いが理解しようと思える関係性から構築しようとする方が重要。

そこが分からなかった私は泣いたり、困ったり悩んだりしてました。

そんな私を若干しらけた目で見ている夫に「泣いても仕方ないだろ。」と諭され、仕方なく何事もない顔で仕事してました。

14歳差。10年以上の仕事経験の差では埋められないものがあるのはいうまでもなく。

この当時は本当に夫婦で常に動き、朝家を出たら夜2時ごろまでとにかく仕事づめの毎日。

お互いのお洒落、お互いの健康、週末の過ごし方、なんかにも気を遣っている余裕は0に等しいほどでした。

とにかく毎日が必死でした。

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そんな時は海を見に行ったりパワースポットに行ったり

関係構築・克服・向上

いまだにその思考を無計画に実践できるわけではないのですが、夫のやり方を見ていて、なるほど。となったこと。

それは、相手によってやり方を変えること、そして与え続けること。

コロナ感染症が流行る前、従業員に車がない場合は私たちで送り迎えをしていました。毎日。

送り・迎え合計1時間10分ほどを使っていました。

夜中は物理的に仕方ないとはいえ、これは結構負担でしたが、続けました。

プラスして、コロナ禍でロックダウンになり収入減に陥って家賃すら払えない状態になった従業員には、全額ではないですが、支援という形で給与を多めに渡すこともしていました。

両方とも夫婦で相談して決めたことですが、こういう行動を率先してできたり、辛くとも継続する姿は経営者として学びになった部分です。

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ロックダウン前の1月パレードしてましたイビザは

夫婦遠距離状態Part2で妻、原因不明の腰痛に見舞われる+精神崩壊しかけ、車を自損する。

つい最近まで夫に滞在ビザがなく、観光ビザ3ヶ月のみで行ったり来たりを繰り返していたため、2019年12月再度夫は日本へと戻りました。(私はワーホリビザで1年間の滞在が許されていました。)

店はとにかく開けなきゃいけない。という状態だったので私は残る一択。

1ヶ月のイビザ 1人生活、今回は絶対に妻を倒れさせない。という夫の信念の元、冬季にしてはかなりオーバーな人数の従業員を抱えました。

そのときは4人。私を合わせて5人です。

イビザは冬季になると島を出て別の仕事をする人や、冬季になるとバカンスを終えて地元に帰る人、またそういった人の流出に伴い、職がなくなるため、失業保険で生活する人が多くいます。

そんな経済が停滞する冬季ですから私合わせて4人でも多いところを私にあまり働かせない。という作戦のもと、従業員が4人というちょっと店員オーバー状態が慢性化されました。

それでも友人・知人がほぼいない場所での1人生活は私にとってはなかなかの重圧でした。

上手く捌け口が見つけられず、日本との時差7時間の関係上夫との電話でのコミュニケーションも取れず、日に日に精神が衰弱し、アルコール中毒に近い状態に陥りました。

併せて原因不明の腰痛にも襲われました。

ちょっとした動きが神経に響き、普通通りに動けない。何度もそれを繰り返し、マッサージに行っては体をほぐしてもらう。ことを繰り返しました。

精神的に弱り、集中力も散漫、ついよそ見運転、なんかを繰り返し、見事に車をぶつけて大きな穴を開けましたが、夫とのコミュニケーションもうまく行っておらず、私はそのことを伝えることもできずにいました。

そのことを言わずにストレスを抱え込み、夫が帰ってきたら全部を話、癒してもらいたい!!!そんな気持ちで夫を待っていました。

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もう、車に穴が空いたとかそんなのはどうでも良くなってましたね。

・夫婦遠距離状態Part2のとロックダウンの結果夫婦関係が崩壊、離婚危機に陥る

が、そんな願いも虚しく、帰ってきた夫とは見る見るうちに関係が崩れていきました。

夫は夫でやっとの思いで労働ビザを獲得!そして、やっと腰を据えて経営に打ち込める。この数ヶ月は本当に自分がやりたいのにやれない!というジレンマでイライラが募っていたのでしょう。

店のことや従業員のこと、黒字にならない理由はどこにあるのか?

もう、頭はとにかく私たち2人のイビザ 生活を失敗に終わらせないために黒字化しなければならない!!!

このことのみでした。

一緒にこの移住計画を成功させたいと願っていたはずの2人ですが、二度目の夫の帰国の間に歯車が崩れました。

夫婦の関係は悪化の一途を辿り、3月半から始まったコロナ禍でのロックダウン中、5月の頭に「離婚する」ということで2人の話がまとまりました。

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店だけ続ける。応援してくれている人もいるのだから。とそんな話で世界は全てグレーに見えてました。

新型コロナでロックダウンされる。

話は少し戻って3月の半ば2月ごろに日本の客船でコロナが流行し世界的なニュースになり、あら、、、大変そう。大丈夫かな?なんて思っていた矢先。

スペインは気づけば渦中の国になっていました。

情報収集もままならないままロックダウンが開始された。

2週間はそのままの状況で店は停止状態で過ごし、2週間後から、店の看板メニューの豚骨ラーメンをなしにして、デリバリー営業を始めた。

店からの販売ではなく、家で調理して、そこから販売した。

電話はスペイン語が話せる従業員に渡し、配送は夫、調理は私。

誰1人が欠けてもやり切ることができない状況だった。

そして、日の大体の売り上げは80~100ユーロ。

土日も関係なく営業してやっと家賃などの固定費を支払える状態だった。

そんな極限の状態にあったせいか、離婚の話もあっという間に進んだ。

が、5月の頭に「離婚する」と決まった数日後、体調がすぐれないと思っていたら、妊娠していることがわかった。

夫婦で話し合いに話し合いを重ね、1ヶ月かけて、修復不可能に見える状態の中、出産を決めた。

その時は離婚は出産後、子供を産んでもうまくいかなければ・・・という話に落ち着いた。

それから3ヶ月。

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夏は普通に海水浴もできました

新型コロナで店をオープンできない。Part2

5月から徐々に生活が元に戻り、夏はほとんどいつもと同じような生活を送ることができました。

が、それも束の間。

9月14日 イビザを含むバレアリック諸島の島長が「イビザ タウンのロックダウンを決定した」と発表。

2週間のロックダウンが決定し、再度店が営業できなくなった。

今回も最初の2週間は店の掃除や店内の装飾などに時間を費やした。

営業ができないことを文句言っても仕方がなかった。

何もできない状態は変えられない。

2週間が経った後、島長は言った。

「これと言った結果は出なかったですね、とはいえ、感染者は減ってないので、イビザタウンの飲食店に限り!営業は22時まで。」

その他の町は当然夜中の1時まで営業している。

人々はそちらへ流れるので、もちろん収入には影響が出る。

現在は通常見込まれる売り上げの4~5割程度の売り上げとなっており、売り上げがさらに冷え込んでいく冬に向けた貯蓄ができず、来夏まで持ち堪えられるかが現在目下の課題になっている。

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さいごに

思い返してみると、この1年間は本当に怒涛のように過ぎました。

全てがわからないことだらけ。スペイン語で常に迷子状態。

日本だったら簡単にできるwifiの契約すら自分1人では出来ない。

ちょっとした工具や機材がどこに売ってるのかわからない。

常に誰かの手助けを必要として、誰かに頼らなければやっていけない。そういう日々でした。

時には従業員とも言い合いになったし、嘘をつかれて悲しくなったり、夫婦の危機を経験したり、とてんこ盛りでラーメンなら全部のせ!みたいな一年だったように思います。

現在妊娠9ヶ月になり、夫婦の関係も落ち着きましたが、

一番酷かった時期は、精神病カウンセリングも受けました。
夫婦カウンセリング(私だけ)も受けて、夫婦関係再構築のためのミーティングを週一、
夫婦で行ったりと赤ちゃんを迎え、家族として成長していくために色々な方向から改善しています。

そして経済状況的にはまだまだ不安な状態は続いています。

コロナ禍で従業員を十分に雇えない。売り上げは十分ではない。

どこの国にいても同じような状況が続いているかと思います。

ただ、私たちはこの島に住む・スペインに住むぞ!という移住計画を失敗に終わらせない。

その目標が達成されるのはおそらく5年後でしょうか。

とにかくそこまでは駆け抜ける。

そしてなんだかんだ言いながらも支えてくれる従業員や世話を焼いてくれる友人たち、見守ってくださっている人に感謝します。

おしまい。

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