■目次
ラパス La Paz
無事ラパスに到着すると予定にしていたホステルへ。
早朝到着だったが、伝えていた通りに共有スペースで休ませてくれた。
ラパスの観光
昼ごはん、サラリーマンたちが集う食堂に入る。
何があるのかも分からない。
仕方が無いので「2人分!」とオーダー。
店員さんがスープを出した後に、私たちのところへもう一度来た。
H氏にスペイン語で何か言って何度も聞きに来たらしい。
わからなくて、H氏は「NO! NO! I am full! (お腹いっぱいです!)」と答えたそう。
その時私は席を外していて戻ってくると、やはり何度もこちらへ来て何かを聞いてくる。
これはおかしいぞ?
C「もしやこれはセットですか?」
と簡単な英語を並べて聞いてみた。
C「サラダ、スープ、パン、それに肉?」
レストランスタッフ「ラビットか牛がつくんだよ!」
と教えてくれて、じゃあ食べる!2つ?って聞かれて、やっと意思疎通ができた。
でもこれが海外にいるということかも。
英語だけできればいいってもんでもないな。と実感した。
もう少しでいいからスペイン語も話せるようになりたい・・・。
スペイン語って発音しやすいし英語の次はスペイン語だな。
まだ英語も大して話せないのに新たな目標が見つかるとは、世界一周恐るべし。
魔女用品市場
リャマの干からびたのがたくさんあった。
かわいそう・・・・。
魔女ってまだいるんだろうか?もういないならやめたらいいのに。
いや、いてもこれじゃなくてもいいんじゃ無いかと思ってしまう。あまりにも人間本意過ぎないだろうか・・・。
観光客集めなら民芸品で事足りてるんじゃないだろうか。
なんか胎児を取ってきたらしい小さなミイラもある。
ひどい・・・。
ヨーロピアンな綺麗な通り
ほんの50~100mの短い通り。でもなんだかヨーロッパ風。
じゃ無い場所はこんな感じ。
立ち寄ったカフェのおばさんが、日本人?と聞いてきて、隣に座ってきた。
嬉しそうに、私たちが持ってるスペイン語の教科書を見て、話をした。
糞食らえ!のフレーズに爆笑、その後、時間や数字の読み方を教えてくれた。
帰り際、彼女はすごく名残惜しそうに、気をつけてね。と、声をかけてくれた。
沖縄出身のお父さんとボリビア人のハーフで二世だと言っていた。
とってもあったかい時間だったな。ありがとう、おばちゃん。
私もいつか、日本を恋しがる日がくるのかな。
と、いう時点で、まだまだ恋しがってはいないのか。なんだろう、この感覚。
私はまだ全然日本を離れてる気がしない。
出会い Sunny(サニー)
ラパスのホステルで出会ったのがSunny(サニー)。
サニーはいつも笑顔で話しかけてくれる太っちょのインド人で一人旅をしている。
サニーがここで勧めてくれたペルーホップ。
なんとこのラパスからペルーのクスコまでを自由な日程で安全に運んでくれるという旅人にモッテコイのツアーバス会社。
これに申し込む予定だから、君らもよかったら~!と誘ってもらった。
ペルーのバス停はわかりにくい。しかも夜は危険。とたくさんの人から聞いたりネットにも書いてあった。
H「もう、これはこのサービスに乗っかろうよ!」
C「う~ん、高いけどいいの?」
H「安心だし、簡単だし、スケジュールも自分たちで組めるし、楽だしいいじゃん!」(宣伝文句通りだ!)
C「ま、この後まだまだ色々あるしね。そうしようか。」
と、これを機に今まで予定にしていなかったコパカバナに行くことが決まりペルーの主要な場所への旅も決定した。
名物おばちゃんプロレス
ラパスで必ず観光客が行く場所。
プロレスの競技場。
もう10年はやっているであろうおばちゃんプロレス。
写真を絶対に撮らせてくれないボリビア人女性の中にこんなにもアグレッシブでサービス精神旺盛な人がいたのか・・・と驚かされるこのプロレス。
私たちも見逃すまいとホテルで予約した。
ラパスは山に囲まれて出来た町で山の上に行けば行くほど治安が悪いらしいが、その治安の悪い地域のど真ん中にある。
観光客バスに乗り山を登り、会場へ入る。
ビールやらコーヒーも売っているが、面白いのはなぜか観光客きはリングのすぐそばだがサイド。
現地の人が座っているのが正面のアリーナ席という感じ。
まあまあ、席のことはさておいてショーを楽しもう・・・。
始まった!
試合は動画のような感じ。
(とにかくスペイン語で繰り広げられるので詳細はわからない)
そして終わった?と思ったら強面の男たちが出て来て、地元民が総立ち。
なんと前座を私たちは楽しみにきていたらしい。。
コパカバナ Copacabana (美しい景色の田舎町)
コパカバナはペルーとボリビアに掛かるチチカカ湖にあるボリビア側の町。
とっても美しい町だと聞いて期待してやってきた。
街を散策してみると何もないけどチチカカ湖の美しい景色が広がっていて穏やかな素敵な場所。
これはこの後も期待出来そうだ。
きっと、これは差別だ
差別のそれは突然やって来た。
インカポップコーンを買おうと、「クアント?(いくら?)」と聞くと、いきなり「NO!」と言われた。
なんで?なんで?と、もう一回聞いたけど「NO!」と言われた。
それでじゃあ、英語で聞いてみるか、と
「how much?」って聞いたけど、ちょっと怒り気味に「No!」と言われた。
何もしてないのにな、悲しい気持ちになった。
本当にこれは忘れられない思い出。
商売してる人に差別されるなんて想像にもしてなかった。
もう1度目の経験はちょっと辛いな。と思ってる時にやって来た。
「お腹炊いたくてどうしてもトイレを貸して欲しい」と、ホテルに入った。
「NO!ここはトイレ屋じゃないから。」と断られた。
トイレくらい貸してくれてもいいのに、とやっぱり悲しい気持ちになってしまった。
このイメージのせいか、ご飯が美味しくなかったせいか、ボリビアはもう見るもん見たしもういいや。と思ってしまった。
ボリビアに来てもウユニ塩湖しか行かない人の気持ちもわかるような気がする。
写真を撮らせて、というとそれもNOだし。
何度か素敵な民族衣装を着た女性たちに写真の撮影をお願いしたが、かなり怪訝な顔で断られるのだ。
実際、他の旅人のブログなんかにもアジア人差別がボリビアにはある。との文章もあった。
これが「気高き民族」の理由だ。半分は褒め言葉で半分は皮肉だ。
彼らは絶対「OK」とか「YES」って言わない。
比べちゃいけないが、ネパールでは写真は「一緒に撮ろう!」とか、「いいわよ、一緒に撮って!」
とかそんな感じだったけど、ボリビアはとにかくNO!NO!NO!~NO~NO~NO~~~~~~~~!!!
拒否ばかりされる。
旅行者のわがままだとは思ったけれど・・・。
自分が「外国人」でマイノリティ(少数派)になった状況を感じられたのはいい経験だった。
気分も国も結局気分を上げてくれるのは、人間だ。
そう思ったら日本のことを思い出した。
※もちろん、親切にしてくれた人もいるけれどね!
十字架の丘
階段だらけで登るのに1時間かかった。
寒かったけど、湖は水面が穏やかで綺麗だった。
ここで私たちは「日本にいる外国人」について話し合った。
“人手不足で、外国人が必要になってる。”
ニュースで見た言葉だ。
日本にいるとなかなか外国人(白人も黒人もアジア人も)に出会って仲良くなることってなかなか難しかったと思う。
そりゃいる場所にいたから出会えてたし、友達も少しだけれどいる。
けれど、そうじゃなければ英語とも外国人とも疎遠で別の世界の話だ。
だけど、ニュースや周りの人の話を聞いていて「今はそうじゃなくなってきているんだな。」とそう感じる。
そして私たちはそれってどういうことなんだろうね?と話し合った。
(日本という特殊な言語を持つアジアの先進国に出稼ぎに来ること)
外国から来て日本というわけのわからない言葉と文化を持ってる国に頑張って来て、労働力になろうとしてくれている人たち。
そういう人たちからしてきっと、日本のマナーとかモラルとか、常識、なんて祖国の常識とはかけ離れてる。
だからきっと、毎日ストレスだし、毎日日本人ってなんなんだよ!って思ってるかもしれない。
それでも、安い給料かもしれないし、大してよく無い労働環境でも私たちの代わりに労働力として働いてくれてるのかもね。
そしてもしかすると日本人以上に働いてる人もいるのかも・・・!?
それって私たちにできることだろうか?
「まずさ、言語のわからない国に移住しないよね!日本人て。それ自体がすごいことだよ。
ほとんどの日本人には出来ないことだね、彼らは物凄い頑張ってるよね。そのことは忘れちゃ行けないね。」
と2人、遠い日本のことを思った。
太陽の島へ
ボリビアで一番美しい場所とも言われるらしく、ここで必ず朝日を見るべき!との口コミもある。
が、私たちはたったの1時間くらいの滞在。
1時間船に乗って、1時間滞在の1時間帰路。短いツアーだった・・・。
でもね、とっても綺麗な場所で。
そこらへんに咲いてるお花が本当に可愛くて、儚げで美しくて。
ついつい、摘まさせてもらってしまった。
色合いもいい。なんだかこの乾燥した場所でしっかり根を張ってる感じもいい。と。
心奪われてしまってミニブーケを作った。
これだけなのになんか絵になる!
持って帰っても飾れないので店番をしてる女のこにあげた。
だいたいが不機嫌そうなボリビア人女性のイメージだがにっこり笑って手をあげてくれた。
あ、ボリビア人意外とキュート。(写真は撮れず。)
そうそう、昼前にランチを頼んだんだけど、そこでスープが出てくるまでに45分、メインが出てくるまでに+1時間かかった。
結局メインはパックにしてもらって船の上で食べたけど。
そういうオペレーションがマジでひどい。こういう後進国って。
頭使ったらいいのに。と思ってしまう、けれど別に誰もがそんなに急いで無いんだろう。
とにかくランチ・ディナーは毎回2時間が当たり前だった。
やっと終わる・・・
差別を受けたこと、スペイン語がわからなくて大変だったこと、ボリビア人があんまりフレンドリーじゃなかったこと。
景色はとってもいい場所がたくさんあったけど・・・・。
なんか人に恵まれなかったのかな。私たち。
絶対この国もう一回来たい!とは思えなかった。
ああ、日本にいるときは気づいてなかったけど、やっぱりさ。
人って大事なんだ、って実感した。
目があったら微笑みかけてあげるとかさ。
「どうしましたか?」って聞いてあげるとかさ。
そういう小さなアクションが人を作るし国のイメージを作るしアゲて行くんだな!と考えさせられた。
まるっきりいい国!って感じではなかったけど、深い学びのある国だった。
そして、よーし。この後はペルーへ・・・。
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